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青森地方裁判所 平成3年(ワ)50号 判決 1993年2月16日

主文

一  被告は、原告に対し、金五〇万円及びこれに対する平成三年三月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用のうち、参加によつて生じた部分は、これを一〇分し、その九を原告の、その一を補助参加人の負担とし、その余の部分は、これを一〇分し、その九を原告の、その一を被告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

理由

一  請求原因1(原告が放火事件で逮捕・起訴され、無罪判決が確定したこと)、2(被告が青森警察署の刑事一課長であつたことなど)の事実は、原被告間において争いがなく、補助参加人において明らかに争わないから自白したものとみなす。

二  そこで、請求原因3(「週刊現代」の千葉記者の取材と被告の本件談話)について判断する(なお、同事実は、補助参加人において争わないが、補助参加人の右行為は、同事実を否認している被告の訴訟行為と抵触するものであるから効力を生じない。)。

1  《証拠略》によれば、次の事実が認められる。

(一)  補助参加人が発行する「週刊現代」の千葉記者は、原告が出版した「冤罪」という本を読み、原告に関して取材し、原告の人間ドラマを「週刊現代」の記事として掲載する企画を立てた。

(二)  千葉記者は、原告が出版した右本の登場人物を取材する目的で平成二年四月二二日に青森市を訪れ、同月二四日まで、原告を含む約一五人の関係者に面会又は電話をして取材をした。

(三)  千葉記者は、青森市滞在中の同月二三日午前中に、宿泊していたホテルから被告の勤務先である日本通運株式会社青森支店に電話をかけ、電話にでた被告に対し、本人であることを確認した上、「東京の講談社の週刊現代の記者で千葉という者です。来週掲載予定で取材をしております。私は駅前のホテルにいますので、これからお伺いしたい。」と話したところ、被告は、電話でいいと言つたので、千葉記者は、電話で取材することとし、被告に対し、「『冤罪のカゲに蠢く男たち』という実名入りの本が青森で出ていまして、そこに乙山さんのことがいろいろ書かれていますので、是非この本に書かれていることについてお話を伺いたい。」と話したところ、被告が「その本は読んでいない。」と返事をしたので、千葉記者は、原告が出版した右本のうち、被告が原告を裸にして取り調べをしたという部分を読み上げ、買つて読んだらどうかと言つたところ、被告は、買つて読む必要はないと答えた。そこで、千葉記者は、裸の取り調べをしたと書かれていることについてどう思つているかを尋ねたところ、被告は、「私は半裸の取り調べなんかしていない。」と答え、さらに千葉記者が「放火というのは冤罪だつたわけですね。」と言つたのに対し、被告は、「彼女(原告)についてはいまでも放火の犯人だと確信している。」と答えた。そして、千葉記者が「彼女はどういう人なんですか。」と尋ねたところ、被告は、「タダの人ではない、青森の暴力団仕上の人ですね、金儲けがうまい、公務員なり学校の先生でもいろいろ彼女に騙されて泣いている人がいるけれども、表沙汰になつていないんだ。」との旨話した。そして、被告がそれ(本件談話)以上話すことはないと言つたので、千葉記者は、被告に対する取材を打ち切り、右取材の結果をメモ帳に記載した。右取材の際、被告から千葉記者に対し、取材内容を記事にしないことや匿名にして欲しいことなどの特別の希望はなかつた。

(四)  千葉記者は、帰京後、右メモ帳に記載したことをそのまま原稿用紙に記載し、「週刊現代」の編集員に渡した。

以上の事実が認められ、被告本人尋問の結果のうち右認定に反する部分は、曖昧であつたり変遷したりしており、被告が千葉記者の取材後、他の雑誌記者からの取材にも応じていることや前掲各証拠に照らすとにわかに信用することができない。

2  右認定事実によれば、被告は、千葉記者の取材に対し、取材の内容を理解し、それに応じた場合には「週刊現代」に被告の本件談話が掲載されるかもしれないことを認識しながらこれを容認し、取材を拒否することなく、本件談話をしたものと認めることができる。

したがつて、被告は、千葉記者に対し、本件談話が「週刊現代」に掲載されることを黙示的に承諾したというべきである。

なお、被告は、一般に被告が報道機関等の取材に応じ、公表を許した場合には、その内容を記事として掲載した後にその結果が報道機関等から被告自身に伝えられているところ、千葉記者及び「週刊現代」編集部から被告に対し「週刊現代」が送付されたことはなく、連絡も全くなかつたから、千葉記者の取材は、「週刊現代」に掲載することについて被告の承諾を得た取材と評価することはできないと主張するが、《証拠略》によれば、千葉記者が取材しこれに応じた人の談話を記事に掲載した場合に、千葉記者または「週刊現代」編集部からその人に対し必ず「週刊現代」を送付し、あるいは掲載の事実を連絡することになつているとは認められないから、被告の右主張は理由がないというべきである。

三  請求原因4の事実(本件記事を掲載した「週刊現代」の頒布)は、当事者間に争いがない。

したがつて、補助参加人は、千葉記者が取材した被告の本件談話をそのまま本件記事にまとめた上、「週刊現代」に記載したものと認められる。

四  そこで、請求原因5(被告の本件談話及びこれに基づく本件記事は、原告の名誉を毀損したものであるか否か。)について判断する。

1  まず、本件記事のうち、「私個人はいまでも彼女を犯人だと考えている。」との部分について判断するに、《証拠略》によれば、本件記事では、原告が現住建造物等放火・詐欺罪で逮捕、起訴され、その後裁判で無罪となつたことが記載されており、右事実を前提に当時の青森警察署刑事一課長で元青森警察署副署長をしていた被告の右談話部分が掲載されていることが認められる。

ところで、原告は、現住建造物等放火・詐欺事件で逮捕・起訴されたが、その後無罪の判決が言渡され、右判決は確定したものであるところ、原告の逮捕当時の青森警察署刑事一課長であり元青森警察署副署長などの警察の要職を歴任した被告が右談話部分のような談話をすることは、一般人をして無罪判決を得た原告が、真実は放火、詐欺の罪を犯しているのではないかとの推測を抱かせる表現であるから、右談話部分が原告の名誉を毀損するものであることは明らかである。

なお、本件記事のうち「半裸取り調べはありえない。」との部分は、この点に関する被告の弁明であつて、原告の名誉を毀損する発言とはいえない。原告も右談話部分については請求原因から除外している。

2  次に、本件記事のうち「彼女はタダの人じやない。暴力団以上です。」との部分は、原告の名誉を毀損するものであることは明らかである。

3  さらに、本件記事のうち「カネ儲けはうまい。でも公務員とか学校の先生で被害に遭つた人は、表には出てこないけど多いんだ。」との部分は、原告が公務員等を相手に不正、不法な方法で被害を与えているとの推測を抱かせる表現であるから、右談話部分が原告の名誉を毀損するものであることは明らかである。

五  次に、抗弁について判断する。

1  民事上の不法行為たる名誉毀損については、その行為が公共の利害に関する事実に係り、専ら公益を図る目的に出た場合には、摘示された事実が真実であることが証明されたときは、右行為には違法性がなく、また、右事実が真実であることが証明されなくても、その行為者においてその事実を真実と信ずるについて相当の理由があるときには、右行為には故意もしくは過失がなく、結局、不法行為は成立しないものと解するのが相当である。

2  そこで、まず、本件記事のうち、「私個人はいまでも彼女を犯人だと考えている。」「公務員とか学校の先生で被害に遭つた人は、表には出てこないけど多いんだ。」との部分は、公共の利害に関する事実に係るものと解する余地があるけれども、本件記事は、その全体の記事内容・記述方法に照らすと、被告の原告に対する個人的感情から、原告が暴力団より悪質な人物であることなど原告の悪性を強調するものであつて、到底それが専ら公益を図る目的のために発言されたものということはできない。

3  次に、本件記事について真実性の証明ないし真実と信ずるに足りる相当の理由が存在したか否かについて検討するに、本件記事のうち、「私個人はいまでも彼女を犯人だと考えている。」との部分については、前記のとおり、原告は、現住建造物放火・詐欺事件で逮捕・起訴されたが、その後無罪判決が確定したものであるところ、右無罪判決の事実認定を覆すに足りる証拠が存在することや被告において原告が現住建造物等放火・詐欺事件の犯人であるとの新たな資料を入手したことを認めるに足りる証拠はないから、右談話部分(原告が事件の犯人であること)について真実性の証明ないし被告において真実と信ずるについて相当の理由があつたということはできない。

次に、本件記事のうち、「彼女はタダの人じやない。暴力団以上です。カネ儲けはうまい。でも公務員とか学校の先生で被害に遭つた人は表には出てこないけど多いんだ。」との部分について、これが真実であるかまたは真実と信ずるについて相当の理由があつたと認めるに足りる証拠はない。

4  したがつて、被告の抗弁は理由がない。

六  右のとおり、被告が千葉記者の取材に応じ、本件談話をし、「週刊現代」の本件記事のうちの本件記事の掲載を承諾し、原告の名誉を毀損したことは、到底公正な論評ということはできず、民事上の不法行為を構成する。

そして、本件記事の内容、記述方法、被告の本件談話は、被告から補助参加人に対して積極的に「週刊現代」への掲載を希望して申告されたものではなく、千葉記者の電話取材に応ずる形で軽率に発言されたものであること、本件記事は、原告の出版した「冤罪」で被告の捜査の不当が指摘されたことに対する反論として掲載されたことなど本件に現われた諸般の事情を考慮すれば、原告が本件記事により受けた精神的苦痛に対する慰謝料は、金五〇万円が相当である。

七  以上の次第で、原告の本訴請求は、不法行為による損害賠償金五〇万円及びこれに対する不法行為の日の後である平成三年三月七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文、九四条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小野 剛 裁判官 今井 攻 裁判官 田辺浩典)

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